趣味・カルチャー

岸本葉子さんが語る俳句の魅力、「計画通りいかなくてもイライラしなくなった」【趣味のススメ】

仕事や毎日の家事、そして子育て…さまざまな経験を重ねてきた50代。そんな大人女性たちの次のライフステージを、よりイキイキとさせるために寄り添ってくれるのが趣味です。

エッセイスト・岸本葉子さん
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エッセイストの岸本葉子さん(59歳)は13年前に出会った俳句が、今では生活の一部となっています。岸本さんに俳句の魅力や、豊かになったという心の変化を伺いました。

俳句を始めたきっかけ

「世界で一番短い詩である俳句には元々興味がありました。2008年にテレビ番組の『NHK俳句』に出演し、実際に俳句を作ってみると、すぐに夢中になりました。基本的にはたったの17音しか使えませんが、考えていた以上に受け取り手が世界観を膨らませてくれて、思いもつかないところに17音を連れて行ってくれるのです」(岸本さん・以下同)

エッセイスト・岸本葉子さんの俳句道具
岸本さんが使っている俳句の道具
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◆俳句は高尚で近寄りがたいもの?

俳句は言葉を極限までそぎ落とした高尚なもので近寄りがたい、と思われることがありますが、そんなことはないと岸本さんは否定します。たとえば最近、岸本さんが詠んだ「眠るほど疲るる体鳥曇(とりぐもり)」について。

「この句は5・7・5の頭に“ネット”をつけるというお題があり、それぞれ“ね・つ・と”を割り振っています。また、春のせいか眠っても眠っても疲れる、という生活を込めました。鳥曇というのは、渡り鳥が北方に帰るころの曇り空を指し、その茫漠とした感じが眠るほど疲れる体に合っていると考えました。“と”から始まる言葉を考えなければ、普段なら使わない季語です。俳句はこうした偶然や遊びの要素があるところも楽しいんですよ」

俳句で生まれた新たな人間関係

岸本さんは句会という、複数人が自作の俳句を出し合って発表する集まりに、月に2回参加しています。

◆気づけば10年以上、句会の人たちと

「句会では下の名前で呼び合います。おしゃれな俳号をつけてもいい。すると、日常の“だれだれの妻”“だれだれのママ”という属性から解放されて、素の自分でいられます。俳句の中では男性や子供、昔の偉人になった気持ちで詠んでもいい。いろんな自分になれるのも魅力です。

エッセイスト・岸本葉子さん
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もちろん、人とのつながりもできます。私は一人暮らしの仕事人間で、人間関係は少ない方だったのですが、気づけば10年以上、句会という場で会員のかたがたと年を重ねていました。こういう居場所、つながりがあるといのは、とても大事だと思います。

私が参加している句会は、40代~60代のかたが集まっています。定年してから俳句を始めた、というかたも多くいらっしゃいます。俳句には季語を使うというルールがありますが、歳時記に載っているので難しくはありません。しかもお金はさほどかからないので、趣味として優秀です(笑い)」

ありのままを受け入れられるように

岸本さんは俳句を始めたことで、時間の感覚が変わったと言います。たとえば、計画通りに進行しなくてもイライラしなくなったそう。

◆俳句に「あいにく」はない

「俳句には“あいにく”という言葉はないのよ、と俳句の先輩に言われた言葉が印象的でした。桜の句を詠みに行く気満々で出かけたとして、雨が降っていてもガッカリしなくていい。それはあいにくの雨ではなく、桜と雨の様子を詠めばいいだけなんです。

バス停に着いてバスが出発したばかりでも、行ってしまったものは仕方がないと思えるようになりました。次のバスを待っている間に、鳥曇ってこんな曇り空なのね、寒いと思っていたけど梅が咲いているな、と思えるゆとりが生まれました。

私は今年、還暦です。これから年を重ねるにつれて、思い通りにできなくなることが増えると思います。そういう老いの予行練習ではないですが、ありのままを受け入れるものに出会えてよかった」

俳句はいつ始めても遅くはない

俳句はどんな年代でも楽しめて、いつ始めても遅くはないと岸本さんは言います。

◆季節の移り変わりを実感できるように

「思い出のシーンは年齢を重ねるほど増えていきますよね。自分にとって愛しい題材のストックがあるというのは有利だと思います。たとえば文鳥を飼っていて、亡くなって土に埋めた過去があるとします。それを詠むとしたら、今の季節を考えて“桜咲く昔文鳥埋めしこと”としてもいい。すべての経験が句にいきるんです。

1年はあっという間に過ぎていきますが、俳句を作る習慣があると、“冬がきても必ず春が来るんだな”と移り変わりを意識できます。寒い中でも春を見つけようという心の準備が整ってくる。そして季節のめぐりを喜び、季節を迎えに行くという態度ができています。

私たちは老いに向かっていきますが、季節の循環の中に生きている自分を意識するのと、そういう時間感覚なしにただ生きていくのとでは、ずいぶんと違う心持ちになる気がします。“俳句は人生の杖”とおっしゃるかたがいました。趣味を続けることは、一生ものの心の杖になるのではないでしょうか」

この人に聞きました:エッセイスト・岸本葉子さん

エッセイスト・岸本葉子さん
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1961年6月26日生まれ。神奈川県出身。東京大学教養学部卒業後、会社勤務を経て中国に留学。帰国後エッセイストに。食・暮らし・旅のエッセイのほか、俳句のエッセイも多数。著書に『NHK俳句 岸本葉子の「俳句の学び方」』『NHK俳句 あるある! お悩み相談室 「名句の学び方」』(共にNHK出版)など。2015年より『NHK俳句』の司会を務める。http://kishimotoyoko.jp/

取材・文/小山内麗香

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