家事・ライフ

《65歳からの働き方》薄井シンシアさん、悩んだ進路選択肢は3つ 「私のキャリアの築き方は東京メトロ」とは?

薄井シンシアさん
写真3枚

17年間の専業主婦を経て、外資系企業で働く薄井シンシアさん(65歳)は、2024年5月に定年退職を迎え、6月から週3日間、現在の会社で嘱託社員として働くことに決めた。定年退職後の生き方を1年ほど悩んだシンシアさんの選択肢は、「現在の会社で週3日勤務」「米巨大ITに転職」「フリーランスで主婦の就職支援」の3つ。現在の実力をどう分析し、何を捨て、何を選んだのか。編集部はシンシアさんが65歳からの働き方に奮闘し、悩む姿を1年余り見てきたが、その模様を計3回にわたってレポート。第1回目は、決断直前に「仕事の選び方は東京メトロに乗るような感覚」と話したシンシアさんのキャリア観と、選択肢の詳細について。

* * *

キャリア選びは「東京メトロ」

《専業主婦から再就職したとき、やりたいことよりも、得意なこと、やらせてもらえること、目の前にあることを見極めた。東京メトロに乗るような感覚で行先を見ずに到着した電車に乗車。同じ車両の乗客を観察したり、通過する駅の情報収集をしたり、タイミングを見て乗り換えを繰り返した》(2024年4月29日、シンシアさんのX 〈旧Twitter〉より)

私のキャリアの築き方は「地下鉄」のイメージです。電車に乗るとき、多くの人は自分の意思で目的地を決めてから乗るでしょう? でも私は、やりたい仕事ではなくて、面接に受かった仕事や目の前のチャンスに、まずは飛び乗ります。地下鉄には様々な路線がつながっています。だから電車に乗っているうちに、周りの駅や、ほかの「電車」が見えてくる。降りたい駅や新しい電車が見つかったら乗り換える。そうやって縁やチャンスを繋いで、現在の位置に来ました。

選択肢【1】現在の会社で週3回勤務

社会人を経て主婦になり、17年間、子育てや家事を一生懸命にやりました。その次に再就職をして17年間働きました。これから先の17年間を、どう過ごすか。

薄井シンシアさん
写真3枚

1年ほど前から真剣に考え始めました。選択肢は3つです。1つ目は現在の会社に残って週3日だけ働く方法です。会社と話した結果、給料を減らして、勤務日数も減らす。仕事の内容は現在とは変わる、と言われました。働き方は希望に近いものでしたが、仕事内容は今までに経験したことがないものだったので、面白く思えるかどうかは働いてみないと分からない状態でした。

【2】米巨大IT企業に転職

2つ目の選択肢は、米巨大IT企業への転職です。定年退職のタイミングで、米巨大IT企業のリクルーターから二度目の誘いを受けたので、とりあえず話を聞いてみようと面接を受けたら最終面接まで進みました。この企業からは以前にも誘われましたが、当時は外資系ホテルの日本法人代表として、1つ目のホテルを開業したばかりだったので断りました。ホテルの代表として、専業主婦が再就職できる場を提供したいと思っていたからです。

世界的なブランド企業が、65歳の私に正社員として働かない? と声をかけてくれたのは嬉しかったです。いったん離職して専業主婦になったり、65歳というハンディがあっても有名企業で働けるんだ、ということを証明したい気持ちもありました。ただ、フルタイム勤務なので、働くとしても2年ぐらいかなと考えていました。

選択肢【3】フリーでママ支援サイトの運営やYouTuber

65歳からの17年間は、これまで恵まれてきた縁を使って、私が社会へ恩返しする時間にしたいと思っています。だから3つ目の選択肢は、フリーランスになって、主婦や中高年の就職支援をすることでした。

時間はあるけれど、体力に自信が無くて、パートをためらっている中高年って多いでしょう? 例えば私がYouTubeに挑戦して、自分自身に1日カメラを装着して、パートとして働き、具体的な仕事ぶりをYouTubeで流したら中高年の背中を押せると思いませんか? 向学心のある高齢者を集めて、短期留学のための勉強会も開きたい。結構、興味を持つ人はいると思います。

老後の資金は計算して貯金しているので、この先、お金儲けをしたいとは思いません。子育て世代を支える仕組みをつくるために、議員や民間校長になることにも興味があります。

◆薄井シンシアさん

薄井シンシアさん
薄井シンシアさん
写真3枚

1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う高校のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラに入社し、オリンピックホスピタリティー担当に就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。2022年11月、外資系IT企業に入社。65歳からはGIVEのフェーズに。近著に『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)。@UsuiCynthia

撮影/小山志麻 構成/藤森かもめ

●薄井シンシアさん「私は生きがいを捨てました」生きがい探しに苦しむぐらいなら要らない

●薄井シンシアさん「ネガティブなコメントは拒否しない」50~60代で人脈を広げるコツは他人の役に立つこと