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“全員主役級”の中で阿部サダヲが主役の任を貫徹 映画『シャイロックの子供たち』で見せた“陰と陽”の演技

“陰と陽”それぞれの顔を使い分ける阿部サダヲの演技

この映画は少し作りが独特です。阿部さんは主演でありながら、姿を見せるのは物語がスタートしてからしばらくのこと。各キャラクターのバックグラウンドにまで焦点を当てているため、本作は“誰もが主人公”といえるものかもしれません。この現実社会において、誰もが主人公であるように。

映画『シャイロックの子供たち』場面写真
(C)2023映画「シャイロックの子供たち」製作委員会
写真12枚

けれども1本の映画として物語をまとめ上げるためには、やはりそのリーダーとなる人物が必要。それが阿部さんというわけです。1人で先頭を突っ走るのではなく、周囲の者が発するアクションを的確に受け止め、物語がさらに前進していくように最適なリアクションを返す。これはあらゆる作品において主役を務める者に、何よりも求められるものだと思います。“全員主役級”の本作で阿部さんは、その任を貫徹しているのです。

役柄の内面の揺れを滑らかに表現

阿部さんに対してコミカルなイメージをお持ちのかたが多いのではないでしょうか。同じ劇団所属の宮藤官九郎さんの作品をはじめ、ハイテンションで振り切れたキャラクターの数々をエネルギッシュに演じてきましたし、やはりそういった役柄の方が印象には残りやすい。ですが、昨年はドラマ『空白を満たしなさい』(NHK総合)と映画『死刑にいたる病』(2022年)で、その真逆ともいえる役どころをモノにしていました。

いずれも人間らしい感情が欠落したキャラクターで、その演技は文字どおり背筋が凍るものでした。

映画『シャイロックの子供たち』場面写真
(C)2023映画「シャイロックの子供たち」製作委員会
写真12枚

さすがに今作ではそこまではいかないものの、キャラクターの持つ“陰と陽”を絶妙なバランスで演じ分けています。西木は表向きは陽気な人物ですが、裏の顔、つまり“陰”の部分を持っています。この映画ではそういった人物の多面性がごく当たり前のこととして照らし出され、阿部さんもまたごく自然に演じてみせている。主演である彼が役の内面の揺れを滑らかに表現することで、周囲の人物たちの誰もが大なり小なり同じ性質を持っていることを示すのです。

現金紛失事件から見えてくる、それぞれの生き様

主人公の西木には“表と裏”、“陰と陽”があると先述しましたが、それは私たちだって同じでしょう。本作のキャラクターたちは誰もが金銭の問題を抱えています。外的要因によって困っている人がいれば、ギャンブルなど内的要因によって自らの首を締めている人もいる。大金が失くなれば、犯人は自分たちの中にいるはずだと決めつける人がいてもおかしくありません。なぜなら、誰かを疑う自分こそ金銭的な問題を抱え、犯人になる要素を持っているから。であれば、自分と同じように盗る可能性のある人間がいて当然だというわけです。

映画『シャイロックの子供たち』場面写真
(C)2023映画「シャイロックの子供たち」製作委員会
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ここから見えてくるのが“人の生き方”というものです。本作は大銀行での現金紛失事件をめぐるただのサスペンスではありません。交錯する各個人の思惑を司るのは、それまでの生き方。どう生きてきたのかによって、言動は変わってきます。つまりそこに、生き様が表れるのです。もしも自分がその場に居合わせたらどう振る舞うか。皆目見当がつきません。皆さんはどうでしょうか。

◆文筆家・折田侑駿

文筆家・折田侑駿さん
文筆家・折田侑駿さん
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1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。https://twitter.com/yshun

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