エンタメ・韓流

バブル期の「タガが外れたエネルギー」を全身で受け止めて…小泉今日子が「唯一無二のアイドル」だった時代、『木枯らしに抱かれて』の衝撃

第13回日本歌謡大賞で「花の82年組」が勢揃い。前列左から石川秀美、堀ちえみ、小泉今日子、松本伊代、中森明菜、早見優。後列はシブがき隊の3人と尾形大作(Ph/SHOGAKUKAN)
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両極端な世界観を持つキョンキョンの「不思議な母性」

1980年代のアイドル全盛期、彼女は、バブル期のクリエイターたちの、ちょっとタガの外れたエネルギーやアイデアを小さな体で全部引き受け、最高にポップに昇華し表現していた。初のオリコン週間チャート1位を記録した『渚のはいから人魚』、『ヤマトナデシコ七変化』(いずれも1984年)などはその代表だろう。

デビュー当時(写真は1982年、Ph/SHOGAKUKAN)
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しかし、大ヒットした17thシングル『なんてったってアイドル』(1985年)について、こんなエピソードが、雑誌『MEKURU Vol.07』(2016年)に掲載されていて、読んだ当時は驚いたものだ。

〈「また大人が悪ふざけして。これを背負わされるのかよ」って思いましたけどね(笑)。「ヤだなあ」って。でも面白いし、他に歌う人がいないのもわかるよ、って〉(本人のインタビュー)

好きではなかった曲だけど、「これを歌えるのは自分くらいだろう」と客観視もしていた彼女。そうして衣装を決め、振りを決め、歌い方を決め——。

キョンキョンがじーっと時代と自分を俯瞰で眺め、アイデアを加えることで、浮かれた歌詞も、真似したくなるほどキュートでハッピーな意味を持ったのだ。

デビュー当時は聖子ちゃんカットだった(写真は1982年、Ph/SHOGAKUKAN)
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1989年、フィンガー5の名曲をカバーした『学園天国』も、一度でもカラオケで歌ったことがある人なら、「ヘイ!」の連発がいかに難しいかご存じだろう。そもそも「ヘイ」とか「ワオ!」「イエーイ!」系のシャウトは、日本人は日常的に使う文化があまりなく、ハードルが超高い。下手をすればひとりではしゃいでるみたいになるのだ。あれを明るくヤンチャに叫び、様になる。すごいなキョンキョン!

かと思えば、『夜明けのMEW』『優しい雨』、そして『木枯らしに抱かれて』といったバラードでは、驚くほどやさしくなる。

時には太陽のように眩しく、時には月のように静か。ギラギラのスポットライトを感じたかと思いきや、ふっと冷たい風の中に立つ。

両極端な世界観を持つキョンキョンだけど、どちらを聴いても思い浮かぶのは、ひとり、凛と立つ姿なのだ。

最後に、1994年にリリースされた35thシングル『やつらの足音のバラード』をおすすめしたい。1974年に放送されたアニメ『はじめ人間ギャートルズ』のエンディング曲のカバーだ。歌というより、赤ちゃんに向けて絵本を読むように、なんにもない地球に、一つずつ何かが生まれていく様子を、静かに静かに囁く感じ。とってもやさしく、安眠効果があるのでぜひ。

ひとりがほんの少しだけ寂しく感じる秋は、キョンキョンの甘く切ない声が、ちょうどよく寄り添ってくれる。

それは、「ぼっち」の心を一つずつくるんでいくような、不思議な母性。お気に入りのコートやセーターのかわりに、しばらく彼女の声に包まれよう。

◆ライター・田中稲

田中稲
ライター・田中稲さん
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1969年生まれ。昭和歌謡・ドラマ、アイドル、世代研究を中心に執筆している。著書に『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、『そろそろ日本の全世代についてまとめておこうか。』(青月社)がある。大阪の編集プロダクション・オフィステイクオーに所属し、『刑事ドラマ・ミステリーがよくわかる警察入門』(実業之日本社)など多数に執筆参加。他、ネットメディアへの寄稿多数。現在、CREA WEBで「勝手に再ブーム」を連載中。https://twitter.com/ine_tanaka

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