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《大塚寧々×ヤマザキマリ対談》ふたりが語った「海外“放浪”」から「ニュースの真実」、『川口浩探検隊』まで(後編)

価値観は人と違っていい

ヤマザキ:その後私は17歳からイタリアに留学しましたけど、イタリア語を短期間で習得できたのは本当に切羽詰まっていたからです。問題は山積み、だけど日本語で相談できる人もいない、学校の入学準備もある上、当時付き合っていた自称詩人の彼氏がやたらと言葉遣いにうるさかったのも理由でしょう(笑い)。

大塚:普通の人は無理だと思います。私なら1年経っても無理な気がします。

ヤマザキ:いやいや、あの状況に置かれれば誰でも話せるようになりますって。ただ、まだ17歳で、日本人としてのアイデンティティが確立化されてないときにイタリアに行ったことで日本からどんどん遠くなっていくという危機感はありました。自分は無国籍人ではなく日本人なんだという意識はずっと離れなかったですね。

大塚:そこでも客観的に現状を見られているところが、私は大好きです。

ヤマザキ:ネットも携帯もない時代ですから、うちの母がときどき送ってくる荷物の緩衝材がわりの新聞を熟読して、テレビ欄を見てよく出てくる出演者の名前なんかをチェックしていました。実は寧々さんの名前も当時から知っていました。お名前のインパクトもさることながら、そのときは日芸出身の、他の女優さんとはちょっと違うベクトルの人だという印象がありました。

 

映画『ノマドランド』を寧々さんにすすめたヤマザキさん
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大塚:お恥ずかしい。

ヤマザキ:友人がビデオを送ってくれていたので、実は『東京ラブストーリー』や『あすなろ白書』のようなトレンディドラマも見てました。社会と恋愛のつながり方というのか、とにかく男女の距離感などイタリアとは何もかもが違いすぎて、別世界の出来事のように見えていましたね。友人的には「日本に戻ってきても浦島太郎にならないように!」という計らいだったようですが(笑い)。

私は家族も外国人で家はイタリアにもあるからどこか帰国子女的扱われ方をしますが、寧々さんは日本にいるから、日本のできごとに距離をとるのってなかなか難しくないですか?

大塚:学生の頃、リチャード・バックの『イリュージョン』という小説を読んだことが大きかった気がします。それは、川の近くに小さい人たちが住んでいてみんなそこから離れないけれど、あるとき「世界はここだけなのか」とひとりが手を離した瞬間に新しい世界がいろいろ見えてくる物語。1か所にいるとわからないんだ、と強烈に感じて、自分のなかで見えなくならないようにしようっていう気持ちがものすごく強くなりました。のめり込むと逆に怖いというか、おっとっとっと、ひかなきゃ、冷静にならなきゃみたいになりますね。

ヤマザキ:「あなたの居場所はそこだけではない」というのを示唆してくれる文学作品は大事ですね。そういえば昔、私が絵描きになりたいと言い出した頃、母が『フランダースの犬』を買ってきたんです。「はい、絵描きになりたい男の子の話を読んでご覧」と差し出すので読んでみたら、ネロは非業の死を遂げる(苦笑)。母としては「経済生産性がない仕事を選ぶと苦しいことになるけど、ほんとに絵描きになりたいの?」という遠回しのメッセージだったんでしょうね。

ただ、そのとき同時に読んでいたのが『アラビアンナイト』と『ニルスのふしぎな旅』と『宝島』で、置かれた場所にい続けられない主人公たちの物語だったこともあって、ネロについてはただの要領の悪い消極的な子供にしか思えませんでした(笑い)。雪に埋もれたアントワープのあんな小さな村でしか生きられないという思いに囚われていたせいで、あんな顛末になってしまうわけですよ。そんな凍えるところで牛乳売りなんかしても売れないし、放火犯に間違えられるような場所なんか離れればいいし、それこそ近くに船があるんだから潜り込めるんだし、変な話!としか思わなかったんですよね。私のその感想を聞いて、母は諦めたようです。ああこの子は苦労の道を辿るんだなと(笑い)。

大塚:同じ本を読んでも、同じ絵を見ても、同じ風景をみても、それぞれ感じ方は違うんですよね。なんとなく大多数の感じ方があると思うけど、違っていても全然いいと思うんです。自分の中から湧き上がる感情には嘘がつけないですよね。

ヤマザキ:そうだ、寧々さんに『ノマドランド』という映画を観てほしいかも。リーマンショックで夫を失って一人きりでバンで暮らす、放浪の民となってしまった元教師の女性の物語なんだけど、自由という孤独さに向き合いながら、それこそが譲れない世界に入ってしまうんですよ。妹や彼女を慕う男性が同じ屋根の下での同居を提案するんだけど、彼女にはそれが自分の幸せだとは捉えられず、2人から離れてしまう。断崖絶壁に行って、雨に打たれて「これが私の自由!」と言わんばかりに両手を広げるシーンがあって、素晴らしいんです。家族に守られて家があるということが、幸せであるとは限らない。人の倫理的や価値観を無理やり矯正させることを考えさせられる内容でした。

大塚:それ、観ましたよ! 最高ですよね。家族みんなこの映画大好きです(笑い)。

ヤマザキ:幸せを共有できない主人公を理解できない人もいるみたいなので、実は私のなかであの映画が受け入れられたかどうかが人付き合いの上でのターニングポイントになっていました。しかしこれを家族全員で好きっていうのもすごいですね(笑い)。

『ノマドランド』は視聴済み。最高だったという
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大塚:ふふふ。夫と息子と私はバラバラというかそれぞれ自由ですよね。若い時とかずっと何日も人と話していないと誰かと話したいと思ったりする事はありましたけど、結局、人は、私は、母親という体は借りているけれど、ひとりで生まれてくるし、誰かと一緒に死ねないと思っているので。

ヤマザキ:寧々さんが私の本を理解してくださった意味が超絶わかりました。私が書くものの根底にあるのは“死生観”なんです。人はひとりで生まれてきて、ひとりで死ぬ。家族ができても、死ぬときはひとり。普段でも、二度と会えないかもしれない出会いというのがありますが、そもそも地球で人間を生きるというのは、そういう接触の繰り返しではないかと。そういうことを書きたくなってしまうんですよね。

大塚:だからですかね、ヤマザキさんの本にすっごく惹かれるんです。磁石にひゅーって引っ張られるみたいに(笑い)。

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